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【世界の七不思議】バビロンの空中庭園

◇評価 99ポイント
◇閲覧回数 41,925
◇登録日
2009年5月26日
エイリアンぐれい
エイリアンぐれい
道場主

Lv.67

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「バビロンの空中庭園」とは、紀元前600年頃、新バビロニア王国の首都バビロンに、
ネブカドネザル2世(在位=紀元前604〜562年)が王妃アミュティスのために造った階段状の庭園だ。

王妃は山岳地帯メディアの出身。豊かな緑に囲まれて育った彼女にとって、
バビロンでの生活は味気なく、故郷の山野を恋しがった。
そこで王は、彼女を慰めるため、メディアの山と森の再現を思い立ったのである。

空中庭園は高さ15m、400m四方の基壇の上に幾層ものテラスが重ねられ、
最上部までの高さは110mにも達した。

主な建造材料は切り石とレンガ。各テラスには、防水のために天然アスファルトを使用し、大量の土が盛られ、さまざまな花や樹木が植えられたのである。

植物の生育に必要な水は、庭園の前を流れるユーフラテス川から汲み上げられた。

さらに、庭園の正面には、訪れる人々のために階段が設けられており、
内部には丸天井の部屋が、いくつも造られていた。

遠くから見ると、この庭園はあまりの巨大さゆえに、空中に浮いているかのように
感じられたことから、「空中庭園」と呼ばれるようになったのだ。

言い伝えによると、庭園の最上部には、貯水タンクが設けられ、
パイプを通して各テラスに給水し、噴水や自動散水器で植物に水やりをしていたようだ。

だがこの揚水メカニズムについては、何ひとつわかっていない。
2600年もの昔に、これほどの水利技術があったとすれば驚異である。

なお、庭園は、紀元前538年のアケメネス朝ペルシア侵攻の際に破壊されたといわれ、
長く伝説のみが残る存在去った。

ところが20世紀初頭、ドイツの考古学者の手により、2500年ぶりにその存在が確認され、
ネブカドネザル2世の宮殿近くで発見した遺構を、空中庭園の跡と推定した。

だが近年、現地イラクの研究者が、この遺構を検証し、食料貯蔵庫だったと反論。
ユーフラテス川より近い別の場所を、庭園の跡地として比定したのである。

バビロンの空中庭園
Google Earthの座標〈32°32'32"N,44°25'17"E〉


【写真左:J・B・バールによって描かれた空中庭園の想像図】
【写真右:基壇部分と推定された遺構】
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