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つくられた国境:ボスニア・ヘルツェゴヴィナとクロアチア

◇評価 20ポイント
◇閲覧回数 8,581
◇登録日
2008年8月28日
Seaview
Seaview
道場主

Lv.47

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スルプスカ共和国。(Republika Srpska)
名前こそ独立国家の形態をとっていますが、
実態はボスニアヘルツェゴヴィナの中に2つ存在する政体の1つにすぎません。
そこに住むセルビア人の友人を訪ねて、Seaviewは2回訪問しました。

2000年の1回目の訪問では、空路入国したスルプスカ共和国の
首都バニャルカ(Banja Luka)から、クロアチアとの国境近くの
コザルスカ・ドゥビツァ(Kozarska Dubica)まで行きました。
旧ユーゴスラビア時代は、ここに国境はありませんでした。
それがユーゴ崩壊によってクロアチアが独立したため、
この場所を流れるサヴァ川(Sava)に国境線が引かれてしまう結果となったのです。

サヴァ川はそれほど川幅がありません。
このため川をまたいで成立していた1つの都市が、
2つの国に分割されてしまった場所も少なくありません。
スルプスカ側のコザルスカ・ドゥビツァも例に漏れず、
フルヴァツカ・ドゥビツァ(Hrvatska Dubica)という街が
対岸のクロアチア側に存在しているのです。

2003年の2回目の訪問では、クロアチアから陸路でスルプスカ共和国に出入国しました。
入国地点はスルプスカ・コスタニッツァ(Srpska Kostajnica)。
この街もクロアチア側はフルヴァツカ・コスタニッツァ(Hrvatska Kostajnica)と
いう名前で街が存在していました。
ここは2つの国に分かれた現在も事実上1つの街として機能しており、
現地住民はクロアチア籍もボスニアヘルツェゴヴィナ籍(=スルプスカ)も
身分証明書を見せるだけで簡単に通過できることから、
歩いて国境を越えて買い物に出かける姿を多く見かけました。

一方、セルビア人の友人のクルマに同乗していたSeaviewは、
一旦停止してエンジンを切ったあと、クルマに乗ったまま
入国審査官に日本のパスポートを渡し、
事務所にて入国スタンプが押されたあと返却されました。

帰りのグラディシュカ(Gradiska)での
出国手続き(写真左は出国ゲート)は簡単に済み、
橋(写真中)でサヴァ川(写真右)を渡ったあと、
クロアチア側のスターラ・グラディシュカ(Stara Gradiska)で
パスポートにスタンプが押されて入国しました。

このように国境ひとつをとっても、民族紛争の名残が残っているのです。
セルビア人とクロアチア人とのわだかまりは今も根強いのですが、
平和な国境線であることを心から祈りたい気持ちでいっぱいです。
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